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名古屋家庭裁判所 昭和48年(少ハ)8号 決定

少年 D・Y(昭二八・一〇・二六生)

主文

本人を昭和四九年四月二二日までを限度として、調査官坂下敏文の試験観察に付する。

愛知少年院長は、第一項の試験観察期間中、少年院法一一条七項に基づき本人を愛知少年院に継続して収容することができる。

理由

(申請の要旨)

本人は、昭和四八年一月二三日窃盗、同未遂保護事件により特別少年院送致となつたが、経済的に恵まれない家庭で放任のまま生育し、強い愛情飢餓のうちに幼児期を過し、非行の芽生えは小学校六年時に始り、教護院、初等少年院、中等少年院と施設生活を経験しながら罪に対する意識は極めて低く、性格は自己中心的で同僚の前でつまらぬ見栄を張る等自己顕示性強く、欲求は単純で要求が通らないと自暴自棄的になり易く、当院においては自己指導面接指導を軸として性格矯正のための指導を推し進めているが、未だその効果十分とは認められず、昭和四八年一〇月にはシンナー不正授受により謹慎一〇日減点四〇点の懲戒処分を受け、更に、昭和四八年一二月一〇日付収容継続申請(六ヶ月間収容継続)の後二回にわたつてそれぞれ謹慎一〇日減点四〇点の懲戒処分を受ける反則事故を続け、入院以来一年を経過するも最高処遇段階に進級し得ず、社会生活の適応のためにはなお相当期間強力な指導を続ける必要があると思料され、また、帰住先としては実父のもとを予定しているが、その保護能力には多くを期待し得ず、就職先も未調整で、出院後自動車運転免許を取得して運送業に従事することを本人、保護者ともに希望しているが、その運転免許取得に要する期間および就職後の環境に定着するまでの相当期間は引続き強力な更生援護を必要とするので、保護観察の期間も含めて八ヶ月間の収容継続を要する。

(当裁判所の判断)

1  本人は、前記申請要旨のとおり特別少年院送致になり、昭和四八年一〇月二〇日少年院法一一条一項但書に基づく収容継続決定がなされ、昭和四九年一月二二日をもつてその収容期間が満了するものであるが、満了時においても一級下に止まつており、最高処遇段階に到達していない。本人の進級が遅れた主な原因は、同室の院生が印刷科の洗浄剤を居室内に持ち込んだのを本人が発見して隣室に隠匿したというシンナーの不正授受により昭和四八年一〇月二二日に農業科更衣室において本人が靴下の中にタバコとマッチを隠匿して所持していたという反則により同年一二月一七日に、更に寮の階下において発生した院生の口論をその場で教官が指導中、本人が他の教官の制止を無視して許可なく階下へ降り、上記指導中の教官に対しその措置が不公平であるなどと抗議したところ、同教官に「たわけ」などと叱責されて憤激し、同教官に対し暴言を吐いたという教官の指示違反により昭和四九年一月一〇日に、それぞれ前後三回にわたつて謹慎一〇日間、減点四〇点の懲戒処分を受けたことによるものである。上記紀律違反は、いずれも一級下に進級後のものであるが、成績点の関係からいえば、一級上に進級するのは早くとも四月であり、仮退院までは更に少くとも三ヶ月間を要する。ところで、本人は第一回目のシンナー不正授受について、同室の院生がシンナー吸引により懲戒処分を受けた直後に再びシンナーを持ち込んだのを発見したので、同人をかばつてやるつもりで隠匿した旨弁解しているのであるが、自己の言い分が教官に受け入れられないことなどから教官に対する不満を抱き、他方、同紀律違反により早期出院の目標を見失ない、院内生活に対する意欲を減退させていたことが窺われ、これらのことがその後紀律違反をくり返した要因を成していると考えられる。しかし、更に根本的には、本人のかなり固定化した自己中心的、自己顕示的で自制力、内省力に欠け、短絡的行動に出易い性格的偏りと人格形成過程において温い家庭的環境に恵まれず、前記申請要旨記載のとおり長い施設生活を経てきたことによるいわゆる施設馴れした態度とが矯正教育を困難にしていると考えられ、紀律違反についても弁解、自己合理化に終始し、自己に直面することを避ける傾向があり、紀律違反のくり返しにより進級、出院が遅れることに対する危機感もそれ程の深刻さが窺われない。

2  以上のとおりであるから、本人について現段階における少年院の矯正教育の効果は未だ十分ではなく、なお相当期間の収容継続の必要性が認められる。しかしながら、前記のとおり施設生活が長く、実践的な社会生活体験に乏しく、前記のようなかなり固定化した性格的問題をもつ本人に対しては、その性格矯正や社会的適応のために少年院内の処遇のみでは自ら限界があるというべく、むしろそれらの目的は、できるだけ早期に出院させ、確かな社会復帰計画と家族等の援助のもとに本人がその環境的諸条件に耐え、あるいはこれを乗り越えて自己の生活を確立し得るように環境の調整を図ることによつてより効果的に達成され得ると考えられ、少年院においてはそのための基礎的訓練として職業補導、生活指導等を通じて出院後の独立自活に必要な知識、能力を養い、自立更生への自覚と意欲を高めることを旨とすべきことはいうまでもない。そうすると、本件申請のように現在の愛知少年院の累進処遇体制のもとにおいて、前記紀律違反の懲戒処分による減点の関係で、その後の本人の努力如何にかかわらず最高処遇段階に達するまで収容期間を長期化させることは、前記のとおりいわば施設馴れした本人に対してどの程度の矯正効果を挙げ得るものか疑問であり、反つて本人の社会復帰への意欲を減殺し、ひいては自立更生への自覚と意欲をも低下させるおそれもあると考えられ、今後の処遇方法については慎重な検討を要する。なお、本人は出院後の職業として自動車運転免許を取得して運送業に就くことを強く希望しているが、愛知少年院においては昭和四八年八月以降農芸科に所属し、本人の職業志望に沿つた指導上の配慮は格別なされず、専ら本人が父親から差入れを受けた自動車運転免許関係の参考書を自習するに任されている状態であり、自動車運転免許取得が本人の自立更生の意欲を支えるものとして重要性を有するであろうことを考えると、本人に対する処遇のあり方として若干の疑問を禁じ得ない。

3  ところで、現在本人の両親および兄弟は本人の早期退院を強く望み、本人が出院した場合は一家そろつて熊本県に帰郷し、本人と弟を自動車学校に入学させて運転免許を取得させる計画を立てており、本人の家族に対する信頼感も好転しつつあることが認められる。

4  以上のとおり、本人の性格傾向、処遇の経過ならびにその問題点および帰住環境の状況等の諸点を総合的に考慮すると、現段階において本人を直ちに退院させ得る状態ではないけれども、本件申請のように成績点数が最高処遇段階に達するまで長期間収容を継続することは本人に対する矯正効果を考えると必ずしも相当であるとは認め難く、むしろ本人に早期社会復帰への希望をもたせる一方、自動車運転免許取得のための法令等の模擬テストを実施するなどして本人の自習を励ますなど具体的な目標を設定して短期間のうちに集中的な指導を試み、本人の社会復帰への意欲と自立更生の自覚を喚起し、あわせて帰住先の受け入れ体制につき更に具体的な調整を図りつつ、本人ならびに帰住環境の動向を観察したうえで本人についての最終的な処遇を決定するのが相当である。

そこで、本人を昭和四九年四月二二日までを限度として調査官坂下敏文の試験観察に付し、その試験観察期間中は少年院法一一条七項に基づき本人を愛知少年院に継続して収容することとし、少年法二五条一項、少年審判規則四〇条一項、五五条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 多田元)

参考 試験観察後の決定(名古屋家裁 昭四八(少ハ)八号 昭四九・三・二六決定)

主文

本人を昭和四九年一月二三日から同年四月五日まで愛知少年院に継続して収容する。

理由

一 本人に対する収容継続申請について、当裁判所は、本人を調査官の試験観察に付し(当該裁判昭和四九年一月二九日付決定参照)、本人並びに帰住環境調整の動向を観察したところ、本人は概ね順調な院内生活を送つており、特に、試験観察決定当時の計画に従つて、本人は少年院から支給されたノートを利用して自動車運転免許取得のための法令等の自習に励み、また、教官の個別指導により二回にわたつて実施された運転免許の模擬試験の成績も概ね良好であり、社会復帰への具体的目標をもつた院内生活を通じて、自立更生への意欲と自覚も高まつていると認められる。

二 他方、父母は、既に同年三月一三日帰住先へ帰郷し、本人の受入れ体制を整え、本人が出院後は親戚の農業の手伝いの傍ら自動車学校に通学させる具体的な計画を立て、また、本人のために自動車学校の入学案内書を送付する等して、本人を力強く支援している。

三 前記試験観察決定に指摘したとおり、本人の従前の紀律違反に対する懲戒処分による減点の関係から、徒らに収容期間を長期化させることは、今後本人に対しどの程度の矯正効果を挙げ得るものか疑問であり、反つて本人の社会復帰への意欲を減殺し、ひいては自立更生への自覚と意欲をも低下させるおそれもあるものと考えられ、前記試験観察の経過にみられるとおり、本人の自立更生への意欲と具体的な目標に向つた努力が顕著となり、また、父母その他の家族の本人に対する熱意ある援護の態勢が十分に調つている現段階においては、むしろ早期に本人を社会に復帰させ、家族等の援護のもとに自立更生への道を歩ませるのが相当である。

四 そこで、本人の出院までの最終的な準備期間を考慮して、本人を昭和四九年四月五日まで愛知少年院に継続して収容することとし、少年院法一一条二項、四項を適用して、主文のとおり決定する。

裁判官 多田元

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